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とりあえず、元気です。

更新が続いていれば。

ふさわしい街並み、

震災、戦災の復興計画は確かにあった、、でもここではどうだったのか?

不法占拠などによって発生した新宿、新橋などの駅前やみ市、バラックなどは今ではほとんどその面影を見ることはない。

しかしここにはそれとは違った名残がある、公的な援助も待たずがむしゃらに復興せざるを得なかった商人、職人たちの底力が働いたのだろう、住むためよりも生きるために。

半世紀以上経て、箱?としての建物は寿命を迎えている、今度こそゆっくりと考えてほしい、仕事も生活もエンジョイできる自分たちの空間、街並みを求めて。

一皮むけて出てくるものは、
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周囲を全く意識しない開口部、不思議です、
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取り残されて、この後をどうするつもりだったのか?
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周囲を完全に拒絶するような壁、植え込みだけはお情けのように、
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  1. 2019/08/01(木) 11:58:26|
  2. 未分類

行き当たりばったりで気になった、(3)

総武線のガードを潜り神田川沿いへ、隅田川へ出るあたりが柳橋、この辺りの道路はほとんど昔のまま、色街らしく生活感はあまり感じない。

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隅田川を渡る総武線鉄橋、
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蔵前橋方向、
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両国橋、
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隅田川へ合流する神田川には屋形船が並ぶ、
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柳橋を渡って東日本橋へ、
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薬研堀不動尊
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この辺りまで来ると戦後の混とんを残す風景はあまり感じられない、

今度は久松町、浜町あたりが気になって来る、、またいつか。


  1. 2019/07/29(月) 10:29:04|
  2. 未分類

行き当たりばったりで気になった、(2)

ほとんどの住まいは細い路地に壁一枚で接している、路地は単なる通路ではなく各々の生活がはみ出して重なる部分でもある。

これを許容するしたたかさがここでの生活を可能にしていると勝手に想像する。将来的に路地の在り方がどう変わって行くのかそれとも路地自体がなくなってしまうのか、見てみたいです。

建て替えられた大きな建物に面する路地では専門学校の生徒らしい外国人たちが非常階段の下で弁当を食べたり喫煙をしたりしていました。

1階は仕事場あるいは店、2階が住居、細い路地の中にも活気があったんでしょうね、
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ブロックの塀がとても違和感を感じます、
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植木鉢に植えられた緑が精いっぱいの努力、クーラーの出現で窓は閉じられ縁台は消えた、
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濃密に暮らしているようでも建て替えになると個々バラバラになってしまう、この辺に大きな問題があるんだけど、
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自転車は当然のように路地に並ぶ、自動車は?
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贅沢な空間、ちゃきちゃきの江戸っ娘が出てきそう、
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  1. 2019/07/25(木) 17:16:43|
  2. 未分類

行き当たりばったりで気になった、(1)

5月の連休に何となく廻った森下から両国、蔵前、鳥越付近の街、それ以来何となくこの辺りが気になっています。

この日は浅草橋駅から鳥越神社方向へ少し戻り、浅草橋、柳橋、東日本橋、と馬喰横山駅までです。

隅田川周辺は関東大震災、そして東京大空襲と、二十年ほどの間をおいて二度の壊滅的な被害を被っています。

それから七十年、めげることなくしたたかに生きた人たちの力強さを感じないわけにはいきません。

ただ、ここに、家、住まいに対する東京人の意識が集約されているように思います。

昔、仕事で滞在した砺波平野の散居村の二百年、三百年の寿命で考える住まい、単純に比較はできませんが対極にあるような気はします。

浅草橋周辺
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銀杏岡八幡神社
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路地や区割り、そして商売も江戸からのままなんでしょう、
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  1. 2019/07/23(火) 17:42:44|
  2. 未分類

多分一度も魚道を上れなかった、、(追記、自分のことです。)

魚道を遡る稚鮎、ここだけで十数回これを繰り返す、、カワウやサギ、コアジサシに追いかけられ、与えられた命はたったの一年。

せいぜい味わってお召し上がりください。

稚鮎、
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コサギ
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コアジサシ
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  1. 2019/05/29(水) 12:46:03|
  2. 未分類
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